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 読書するということは良いことに決まっていると誰でも思っていることでしょう。確かにそうですね。このコモンセンスを覆すことは相当難しい。反読書論を提唱する人も後を絶たないけれど、結局はこのような論も本当の読書というものを想定しているものがほとんどでしょう。

 要するに、この崩し難き読書讃歌論は、ある倫理観に支えられているのです。大人は子どもたちに読ませてはならない本について意識するというのが何よりの証拠でしょう。一般に奨励される読書とは、実はこの手の倫理観を子どもたちに伝えたいという意識が含まれています。

 だから読書百遍意自ずから通ずなどといわれるのでしょう。しかし、毎日の新聞は一遍読めば理解できるように書かれているし、理解できるようにトレーニングさせられるでしょう。毎日毎日、新聞を百遍繰り返して読んでいたら一体どうなることでしょう。同じ文章を読む行為でも読書という行為とそうでない行為があるわけです。

 さて、読書をすることが中学受験には役に立つとよくいわれます。しかし同じ文章を何回も読んだり、時を異にして再び読むと新たな気づきが生まれてきたりするような読書は果たして中学受験に役立つのでしょうか。

 役立つことも大いにありますが、それは読書する行為以外の条件が揃っている場合のみ当てはまることです。その条件とは情報圧縮技術、情報整理術、情報創造術などがどこかで自然に身につけた子どもがたまたま読書好きなときに、その子どもが中学受験の国語の問題や多教科の問題をかなりたくさん解けるという結果が出ているだけなのです。

 読書は本来楽しむ行為です。倫理を埋め込む大人の勝手な言い分は、子供にとって読書を辛いものにするし、まして受験の点数をアップさせるために読書を励行しようなどというのは邪道です。読書と中学受験は別のものです。

 ですから、読書しなくても受験勉強はできるし、読書しているからといって入試のスコアが保証されるというものでもないのです。中学受験で大事なことは情報圧縮技術、情報整理術、情報創造術です。ただし、これらの技術のクオリティを読書が好きな子が加速度的に高めていくということはあります。また今まで読書が好きでなかった子が、これらの技術を身につけたとたん、読書好きに変貌するということはよくあります。やはり読書は中学受験勉強の1つのクオリティの高いあり方なのかもしれません。


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