今年の春、昨年よりも多い受験生が私立中高一貫校の入試を受けている最中に、「平成14年度文部科学白書」が世に出ました。そのタイトルは「新しい時代〜進む初等中等教育改革」。2002年、2003年と続く、この文部科学省の教育改革は、改悪ではないのかという論議を呼び、そのせいで私立中学受験の数が増えたといわれています。まさにその時にぶつけてきたのですから、文部科学省もやるものです。
日本全国の各自治体が教育改革を実行し始めています。英語だけで授業を行う学校が出てきたり、ITに力をいれる学校が出てきたり、進学に力を入れる学校が出てきたり、中高一貫校に変わる学校が出てきたり、民間校長を採用したりと、マスコミに提供する話題は尽きません。
東京都という自治体もその例外ではありません。しかし、他府県と違うのは、私立学校の数が圧倒的に多く、改革が進めば、公立の学校がよくなるというわけではありません。他府県では、確実に公立の改革が進み、公立学校の復権が叫ばれています。関西方面の中学受験の情勢は、もはや中学受験をする生徒は、誰でも3年生や4年生から塾に通わなければいけないかというとどうも違うようです。灘や甲陽学院、愛光、ラサールを目標とするならば、3、4年生からがんばらなくてはなりませんが、そうでなければ、6年からでも十分だという賢い消費者が多くなってきているということです。学校選択戦略によって塾に何年生から通うのかどうかが決まってくるのです。
ところが、東京都の場合、私学の教育の質が圧倒していて、都立や区立の改革はその後追いをしているという感が強く、生半な改革では、私学に勝てません。そこで、石原都知事は考えたのでしょう。徹底的に企業論理でいこうと。もともと政府をはじめ日本全体で官僚主義的行政の風潮に市場の原理を導入し、オープンな体制を作っていこうとしていますから、都知事にとっては渡に船だったのでしょう。もっとも都知事は、自分が最初にやったのだと言うでしょうが。
大いに賛否両論があるのですが、とにかく東京都は公立教育の運営を、企業型にしていくことにしたのです。企業型ということは、当然
(1)トップダウン型になります
(2)合理的にもなります
(3)成果主義になります
(4)計算可能性が必要とされます
したがって、都の教育政策やそれを実行する校長の権限は強化されます。無駄と思われる公共サービスはどんどん縮小されます。東大に何人入れるとか、英語を得意にするとか、明確な目標を表明し説明する責任がでてきます。教員のクオリティーが維持されるような研修制度が強化され、保てない教員はリストラされるでしょう。
実際、「学校評価システム」「指導力不足教員の認定」「学区制撤廃による競争原理の導入」「民間人校長」「進学指導重点校」などというキーワードやキーフレーズが、東京都教育委員会が制作するさまざまな報告書に散在しているのです。
このような改革に対し抵抗勢力になっている教育評論家や教員たちも大勢います。ちょうど今月出版された岩波書店の「世界(7月号)」という月刊誌は、「東京型『教育改革』に未来はあるか」という特集を組んでいます。もっとも、制度論が中心で、学校の最前線において子どもたちが成長していくには何が必要なのかという存在論的議論はされていませんが。制度論が中心ということは、制度が変わることによって、従来の制度で経済を営んでいた教員の生活に変化が起こる、だからやめて欲しいと聞こえざるを得ない理屈が中心ということですね。
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